『カルデネ』/初音ミクの歌詞と、個人的解釈まとめてみた!


『カルデネ』とは?

『カルデネ』ははるまきごはんさん(Twitter:@harumaki_gohan)が2016/05/02 19:00にニコニコに投稿した初音ミクの曲です。

動画はこちらから。

(引用はニコニコ動画『カルデネ』より)

 

ぱっと見はシンプルでいながら、よくよく見れば多様な表現の組み込まれた、世界観の完成されたMVは繰り返し見たくなります。

今回は、この『カルデネ』の歌詞を、超!!個人的視点からではありますが解釈してみたいと思います。

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『カルデネ』の歌詞

まずは『カルデネ』の歌詞から。

引用元はピアプロです。

ピアプロの該当ページはこちらです)

カルデネ/はるまきごはん

BPM194

カルデネの前の景色を
誰が見たというのさ
目の前に居る あの子の
虹彩を呑み込んだ

知らないことを訊いてくるのは
誰かの悪い癖だ
昨日の駅で買ったキャンドル
何故だか火がつかない

知らないことを隠したいのは
あなたと話したいから
携帯電話を見たくないのは
何かが呼んでるから

カルデネの最期だったら?
僕はどうするんだろう
あなたが望む景色を
見せてあげられるだろうか

見えないものを感じ取るのは
僕には出来やしなくて
昨日の駅で飲んだ珈琲
誰かの真似をしたんだ

あなたの腕に縋りたいのは
ミルクを注ぐのと似ている
携帯電話に見向きもしないで
マドラーを回す時間が好きだよ

カルデネの愛を呑んだら
僕はどうなるんだろう
歪んだ灰色の空を
見せてあげられるだろうか

カルデネの前の景色を
誰が見たというのさ
知らないふりも出来ないからさ
嘘を吐いたのだろう

カルデネは息をする
ジュピタの記憶の終末で
あなたが知らぬ景色は
僕を見ていられるだろうか

 

前提となる知識

そもそも「カルデネ」とは何か

「カルデネ」とはwikipediaの該当ページによると

木星の衛星の一つ。カルメ群に属する逆行衛星。2002年にギリシア神話のゼウスの恋人に因んで命名された。」

とのこと。

 

ついでに調べると、カルデネは木星の第21衛星

平均直径は約4キロ。

木星には67この衛星があり、カルデネ以外の衛星もほとんどがギリシア神話でゼウスに愛された女性たちから名前をもらっていました。

「木星」についてもちょっとした知識を

木星は太陽系の内側から5番目に位置する惑星で、太陽系の中でも大きさ、質量ともに最大です。

ちなみにその直径は赤道面で142,984キロ。とにかくでかい。

季節の変化はほとんどなく、木星の周囲は常に雲で覆われています。

(参考:wikipedia木星のページ)

 

つまり、木星にとってカルデネはあまりにも小さな存在であることを覚えておいてください。

『カルデネ』の解釈

ヒントとしての主コメ

動画の上にぽつりと書かれた主コメ。

『僕はジュピタにはなれなかった』

つまり、僕は「木星」にはなれなかった。

 

上の前提知識から、「僕」は「カルデネ」の元となる「ジュピタ」にはなれなかったという前提で見ていきます。

歌詞からの内容考察

歌詞を順番に見ていきます。

 

カルデネの(目の)前の景色を

(カルデネの他に)誰が見たというのさ

カルデネ=目の前にいるあの子。

カルデネと一緒にいて同じ景色を見たのは誰だというのか。

「見たのは誰か」ではなく「誰が見たというのさ」と言う言い方は弱々しく誰かに言い返すようで、かつ「そんな人がいたのかすらも疑いたい」という気持ちの表れか。

 

目の前にいる「あの」子の

虹彩を呑み込んだ

目の前にいながら「あの」子。自分とはどこか距離のある、遠い存在の表現なのか。

はたまた、その距離を無意識に諦めてしまっている僕の気持ちがにじみ出ているのか。

虹彩=交際と単純に言い換えれば、

交際(に関して言いたいこと)を吞み込んだ

とも読めますが、それだとなんとなく下品なので、今は虹彩=光を調整する部分と見て、カルデネの見ている光・景色に対して何も言えなかった、としておきます。

 

(僕が)知らないことを(僕に)訊いてくるのは

僕はその話題に興味はないのに、なぜかその話題を僕に振ってくるカルデネ。

いったい誰との会話の記憶で、僕と会話しているのか。

誰かの悪い癖だ

カルデネを「誰か(さん)」とふざけて表現することで、自分の暗い気持ちを逸らしたい僕の気持ちなのか。

それとも、そうやって目の前にいる人とは別の人の話をするのは、カルデネがいつも(?)一緒にいる「誰か」の悪い癖が移ったものなのか。
昨日の駅で買ったキャンドル
何故だか火がつかない

キャンドルに問題があるのか、それとも僕自身がそもそも「火のつけ方」を知らないのか。

僕自身は気が付くことすらできていないけど、もしくはわかっていながら「何故か」と言うのは僕の精一杯の強がりだけど、(今の僕のテンションと同じで)キャンドルにはなぜか、どうしても、火がつかない。

 

(ちなみに、狐は最初ここを「気が付かない」と聞き間違えていて、「カルデネ」が「僕」の変化に気がつけない、興味を示すことができないという悲しい現状なのかと思ってました。)

 

 

(僕が)知らないことを隠したいのは

「知らないこと」はカルデネが口にする僕の知らない話題の事か、それともカルデネといる誰かの事なのか。
あなたと話したいから

どちらにせよ「誰か」の存在を意識しなければ、僕はカルデネと普通に話ができる。(はず)
携帯電話を見たくないのは
何かが呼んでるから

何か=誰か。

でも「誰か」をはっきり「人間」と意識してしまいたくはないから、何かと言えば(下手な言い訳だと自分でもわかっているけど)人間じゃないかもって考えることもできるから。

 

カルデネの最期だったら?

カルデネが、今まさに「ジュピタ」との終わりを迎えようとしていたとしたら?
僕はどうするんだろう

どうするんだろう、と言いながら「?」がついていない。

考えが具体的にならないのは、それだけ「ジュピタ」の存在が圧倒的すぎるから…?

あなたが望む景色を
見せてあげられるだろうか

カルデネが望む景色って、どんな景色なんだろうか。

それを僕は正しく理解して、想像してあげられるのだろうか。

思考はぼんやりとまとまらない。僕には主体性がない。

 

見えないものを感じ取るのは
僕には出来やしなくて

見えないもの、というのは「ジュピタ」のことか、それとも「ジュピタ」のことを考えるカルデネの気持ちのことか。
昨日の駅で飲んだ珈琲
誰かの真似をしたんだ

「誰か」って誰だ。

そこに「ジュピタ」が明確にあるのか、それともこんなぼんやりとした僕でないなら誰でもいいのか。

 

あなたの腕に縋りたいのは

【主語が「僕」の場合】←多分こっち

カルデネの腕に「縋りたい」という辺りに今までなんとなく見えていた僕の弱さがはっきりと見える。

【主語が「カルデネ」の場合】←深読みし過ぎ感あり

「ジュピタ」の腕に縋りたいのは

ミルクを注ぐのと似ている

コーヒーにミルクを注いで、別の飲み物のように変えてしまうのに似ている。(想像のコーヒー)

ミルクの入ったコーヒーは決して純粋なコーヒーではなく、色も濁り、それでもやはりコーヒーである。

そんな風に、あなたをなんとなく私のものに変えられたらいいのに。
携帯電話に見向きもしないで
マドラーを回す時間が好きだよ

そんなことは無理だってわかりきっているから、「何か」が呼んでいる携帯電話を見もしないで

自分の思うとおりに変わってくれるコーヒー(現実に目の前にある飲み物)を混ぜる時間の方が、もしかすると安心できるのかもしれない。

(それを「好き」とまで言いきってしまうのは、自分の強がりなのかもしれない。)

ーーーーーーあなたの~からここまで、主語は「僕」か「カルデネ」どちらでも可ーーーーーー

 

カルデネの愛を呑んだら
僕はどうなるんだろう

カルデネの愛が僕の方へ向いたら、僕はどうなるんだろうとぼんやり考えてみたりする。
歪んだ灰色の空を
見せてあげられるだろうか

でも、その想像の中でさえもカルデネが求めたのは、カルデネが求めるだろうと僕が想像した空は「木星」の空だった。

 

 

カルデネの前の景色を
誰が見たというのさ
知らないふりも出来ないからさ
嘘を吐いたのだろう

カルデネの目の前の景色を

誰が一緒に見たというのさ

きっとそんな人はいなかったんだ、

そんなことを言った奴なんて、最初からいなかったんだ。

(だって、もうカルデネとジュピタはきっと終わるのだ。)

 

カルデネは息をする
ジュピタの記憶の終末で

カルデネはあまりにも鮮やかに生きている。

「ジュピタ」に終わりを告げられようとする、今この瞬間こそが、彼女が「カルデネ」で居られる最期の時間なのだから。
あなたが知らぬ景色は
僕を見ていられるだろうか

あなたが知らぬ景色「を」僕「は」見ていられるだろうか、なら意味は分かるけど、

それでもやはりカルデネを自分より優先してしまう僕。

「あなたが知らぬ景色」の方が、「僕」よりも強い主体性をもつ、それほどまでに僕の中で大きすぎる、けれど「ジュピタ」にとってはあまりにも小さすぎた衛星の「カルデネ」。

 

「カルデネ」が知らなかった景色を、僕は「あなた」と一緒に見ていられるだろうか。

(ならいいけど、さらに暗いエンディングとしてはもう居ない「あなた」を中心として考え、「あなたが知らぬ景色」を主語とすると、「もう居なくなってしまったあなたが知ることのなかった景色に見られる僕」と言う構図も成り立つんですが、悲しすぎるのでやめておきますね…。)

 

歌詞の雰囲気をそのまま訳したかったので、あえて口調は崩してあります。

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動画からの内容考察

次は動画からの考察。

と言っても、ここはさくっとにしておきます。

今回のメインは言葉からの考察なので。

 

  • 「あなたが望む景色を見せてあげられるだろうか」

(画像は動画より。左上から、右上、左下、右下の順。)

横線が衛星としてのカルデネの軌道を表しているとしたら、最初は軌道の上に「あなた」が存在していますが、それが「?」になってしまい、次に軌道が消え、最後に「?」も消えることになります。

 

これはつまり、カルデネがカルデネでなくなった時=大きすぎるジュピタと言う惑星の存在を衛星が失ったとき、そのときのカルデネ(あなた)に僕は何を見せればいいのだろうか?

カルデネではないあなたとは、どんな存在なんだろうか?

という表現なのだと思いました。

 

軌道を失ったカルデネは「?」となり、その存在自体点滅して消えます。

ジュピタを失ったとき、カルデネは自身のアイデンティティを確立できるのでしょうか?

 

  • ラストのAメロ直前の間奏

背景にうっすらと、『カルデネ』の歌詞が打ち込まれていきます。

これは走馬灯的なイメージで、カルデネとしての彼女の最後の記憶なのではないかと思います。

最後と言うのが、「カルデネとしての彼女」の終わりなのか、それとも「彼女自身」の終わりなのか…。

 

  • 「(カルデネの前の景色を誰が見たというのさ)知らないふりも出来ないからさ 嘘を吐いたのだろう」

ここは印象的ですよね。

真ん中の黒い部分に、歌詞が映し出されていたのに「嘘を吐いたのだろう」の時だけは

「君はジュピタを回り続ける」

「それが幸せなのだとしたら」

「この藍は僕のものじゃない」

という文章になります。

 

ここで初めて、僕の明確な意思が見えます。

ただし、それも歌詞の中には含まれていないので僕の中でだけの気持ちだと思います。

 

これを僕が唐突に思ったのは、多分「カルデネとジュピタが終わりそうだから」

でもそんなときでも、僕はカルデネに「カルデネの前の景色を 誰が見たというのさ 知らないふりも出来ないからさ 嘘を吐いたのだろう」くらいしか言ってあげられないのです。

うまい嘘さえも言えない、なかったことになんてできない、それほどまでに「ジュピタ」の存在はカルデネにとっても僕にとっても大きかったのでしょう。

 

まとめ

見も知らぬ、それでもあまりにも存在の大きすぎる「ジュピタ」。

「ジュピタ」といることでその存在を保っていた、僕の大切な「カルデネ」。

大切な人のためにも、自分の意思をもって彼女の事を考えることもできない「僕」。

 

3人の複雑な関係が描かれた深い曲なんだと解釈しました。

最後まで「僕」に星としての立場すら与えられない圧倒的な「部外者」感もすごいですね…。

 

全体的に黒やノイズが多用されているのにあまりにも爽やかな仕上がりで、一つの世界観として完成されていました。

すごい…。

 

さて、今回はここまで!

解釈して!というおすすめ曲があれば、ぜひお知らせください(*´ω`*)

ではまた!

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